第三話 国士無双vs燕返し(by韓信)

韓信と早紀は時空を越え、小倉に来ていた。夜の城下町を歩いていると、前方で女の悲鳴が聞こえる。
「辻斬りです。誰かお助けを!」
二人の男女が歩いている所に、黒頭巾の男が走り寄り男の方を斬った。
黒頭巾の男は刀を抜いたままこちらに走って来る。
早紀が向かって来る男の前に立ち、背を向けた。
「国士無双!」
早紀が叫びながら抜いた刀は、相手の刀を叩き折った。
「ひゃあああー」
男は悲鳴を上げると、折れた刀を投げ捨て、逃げ出した。今度は向こうから美しい顔立ちの若い男がこちらに歩いて来る。男は長身で背には長い刀を背負っていた。男は辻斬りの進路を阻むように前に立った。
「邪魔するな!」
辻斬りが叫びながら脇差しを抜くと、男に斬りかかった。男は背中の刀を抜くと辻斬りに向かい刀を振り下ろす。刀は辻斬りの額をかすめ、脇差しを叩き落とした。動きが止まった辻斬りに対し、男は手首を返すと高速で斬り上げた。
キュイン!
辻斬りは悲鳴を上げる間もなくどさっと地面に倒れた。男は刀を納めるとこちらに向かいゆっくり歩いて来る。男が早紀とすれ違い足を止めた。
早紀「見せてもらいましたよ、燕返し」
男「私も見せてもらった、国士無双」
早紀「私はあなたの剣に興味があります。できれば、あなたと試合がしたい。丑の刻、そこの海辺でお待ちしてます」
男は何も言わず去っていった。
韓信が早紀に聞く。
「ねえ、あれ小次郎でしょう?」
早紀が答える。
「ええ、多分そうね」
男の名は佐々木小次郎。小倉藩の剣術指南役。明日には船島で宮本武蔵と試合をする事になっている。
海辺に着き、韓信が早紀に言った。
「見た所、国士無双と燕返しのスピードは同じだな。ここは一つ特訓でもしとくかね?」
早紀が答える。
「ええ、お願いするわ」
韓信が解説する。
「小次郎の刀も私の刀も備前長船。完璧という程でもないが、私にも燕返しの真似なら出来る。この特訓が何か役に立つかも知れない。一太刀目の振り下ろしは省略する。二太刀目の虎斬り(斜め下からの斬り上げ)から行くよ」
早紀が答える。
「わかったわ」
韓信が片膝を地面に付け、虎斬りの態勢に入る。それに合わせ、早紀が背中を向けながら国士無双の態勢に入る。
ガキッ!
韓信の虎斬りは、完全に抜刀していない早紀の村正にぶつかった。衝撃で砂浜をゴロゴロと転がる早紀。
韓信「大丈夫か?」
早紀「ええ、大丈夫よ。思っていたより早いわね。もう一回」
韓信が再び虎斬りを放つ。 ガキーン!
早紀の抜刀は前より数段早かったが、それでも虎斬りの早さには及ばず、二人の刀は中空で激しく交差し動きを止めた。
韓信が言う。
「これではよくって相打ちだな。どうだろう?作戦を変えて、風車から入ってみては?」
早紀が答える。
「相手が燕返しで来るのにこちらだけ戦法を変えるような事はしたくないわ。私に考えがある。特訓はこれで終わりましょう」
二人は刀を納め、焚火に当たりながら、小次郎が来るのを待つ事にした。

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約束の丑の刻が来た。焚火に当たっている二人の後ろに小次郎が立ち、二人に声をかけた。
「待たせたな」
早紀が振り返って言う。
「来ていただけたのですね。ありがとうございます。辰の刻(午前七時頃)には武蔵と試合だというのに、本当にすいません」
小次郎が答える。
「構わん。私もそなたの剣に興味がある。それよりまだ名を聞いていなかったな」
早紀が答える。
「私は早紀。御嶽韓信流です」
小次郎が言う。
「私は巌流、佐々木小次郎」
二人から離れた所に立っていた韓信をちらっと見て、小次郎が韓信に聞いた。
「あなたはどなたですかな?」
韓信が答える。
「お構いなく。ただの見物人です。邪魔はいたしません。カルガモのお父さんとでも名乗っておきましょう」
早紀と小次郎が向かい合った。早紀は刀を左から右の腰に差し替えた。
小次郎「では参るぞ」
早紀「どうぞ」
小次郎が背中の長船を抜いて、早紀に振り下ろす。早紀は※目押しの目を使いこれを紙一重でかわす。
※目押しの目とは、パチスロにおいて、7を揃えて止める技術。早紀は韓信の後ろでパチスロを見ているうちに、この動体視力が鍛えられ、今では高速で動く物体が一瞬止まって見えるようになったという。
小次郎が片膝を付き、手首を返しながら、虎斬りの形に入る。早紀が叫びながら小次郎に背を向ける。
「国士無双・改!」
早紀は本来、左利き。その左から放たれた高速の国士無双は、小次郎の虎斬りより一瞬速く小次郎の脇腹に(峰打ちで)深くのめり込んだ。
「ぐはっ…」
小次郎が苦しそうに両膝を地面に付き、言った。
「私の負けだ…斬れ…」
早紀が刀を鞘に納めながら答える。
「私はただあなたと試合がしたかっただけ。別に命を奪おうとは思ってない…小次郎様、今日の武蔵との試合を捨てこのまま逃げて下さい」
小次郎が叫ぶ。
「逃げるだと?そのような卑怯なまねが出来るかー!」
早紀が言う。
「はっきり申し上げます。小次郎様は今日の試合で、武蔵に負けます」
「たとえ負ける事がわかっていても、私は武蔵と戦わねばならない…そうでなければ私は卑怯者となる…私に…私に卑怯者になれと言うのかー!」
小次郎は地面を叩きながら悔し涙を流した。
早紀が静かに言った。
「卑怯者でもいいじゃないですか…私は、卑怯者でもいいから小次郎様に生きていてほしい…」
小次郎は、早紀を見つめた…
長い沈黙の後、小次郎がふっ切れたようにつぶやいた。
「卑怯者か…卑怯者として生きるか…」
小次郎はゆっくり立ち上がり、早紀に言った。
「私はこれより姿を消し、卑怯者として生きてみる。早紀殿、あなたに出会えてよかった…」
早紀「お元気で…」
足早にその場を立ち去ろうとする小次郎は、韓信とすれ違った。
小次郎「軽鴨のお父さん、これにて失礼する」
韓信「はい、お元気で」
小次郎は夜の闇に消えていった…
小次郎が姿を消した小倉藩は大騒ぎになった。熟慮の末、藩の面目を保つため、津田某という老人剣士を代理人として試合に向かわせた。津田は武蔵と戦い、負けて命を落としたという。
佐々木小次郎の行方は誰も知らない。
 

        

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