第七話 託された未来(by韓信)

(ここはどこ?私は現代に帰れたの?…)
サマンサは部屋から外に出て、辺りをきょろきょろと見回した。町のあちこちにハーケンクロイツの旗が飾られている。
(ここは日本じゃない…ドイツでもない…もしかして私はパラレルワールドに迷い込んでしまったの?韓信さん達はどこ?韓信さん達なら、元の世界に帰る方法を知っているはず…)
向こうからドイツの軍服を着た兵士達が走って来る。素早く物陰に身を隠すサマンサ。どうやら、図書館の方向に向かっているようだ。
(もしかしたら、韓信さん達に会えるかも…)
サマンサは兵士達の後を追った。
図書館は軍隊によって囲まれていた。物陰から様子を窺うサマンサが兵士に見つかってしまう。
「何者だ?怪しい奴!」
サマンサは兵士達に取り押さえられ、隊長の前に引き出された。隊長がサマンサをじろりと見る。
「お前、あいつらの仲間か?」
サマンサが答える。
「あいつらって誰よ!私はただ覗いていただけよ。一体、あの人達が何をしたっていうの?」
隊長「先程、武器を持った日本人らしき三人組が街をうろついていると市民から通報が入った」
サマンサ(間違いない、韓信さん達だ!…)
隊長「現在、日本はドイツの一部であるが、日本人は全く信用出来ない。何を考えているのかわからんし、裏切るかもしれん。したがって、我がドイツ帝国は、不審な日本人を一人残らず排除する事にした」
サマンサ「それにしても、たかが三人の捕獲に軍隊の出動とは大袈裟なんじゃない?」
そこに兵士が走り寄り、隊長に報告した。
「裏口から突入しようとした部隊が、中から出て来た鎧の男に一瞬で斬られ全滅しました」
サマンサ(あちゃー…韓信さんだな…)
隊長「やはりな…奴らただ者じゃない。俺の目に狂いはなかった」
隊長がサマンサの方を見て言った。
「お前を餌に奴らを引っ張り出すとするか」
サマンサが図書館の中から見える位置まで引き立てられて来た。
隊長が図書館の中にいる韓信達に向かって叫ぶ。
「中にいる奴ら、大人しく出てこい。出てこないと、この女が死ぬ事になるぞ!」
窓から外を見ていたドリー軍曹が韓信に叫ぶ。
「あっ、あれはサマンサですよ!」
早紀が韓信に言う。
「やはりこの時代に来てたみたいね。どうする?」
韓信が答える。
「出ていくとするか…」
図書館のドアが開き、三人が外に出て来た。
隊長が叫ぶ。
「よーし、ゆっくりこちらに歩いて来い!」
隊長の言葉に従うように見えた三人が、突然三方向に散った。
隊長が驚き叫んだ。
「いかん、奴らが逃げ出した。追え、追うんだ!」

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中庭の方に逃げた早紀を、六人の兵士達が追う。早紀は中庭の中央にぽつんと立っていた。兵士達は早紀を取り囲み、警棒を振り上げ、一斉に襲い掛かる。早紀が刀に手をかけ、つぶやいた。
「回転・国士無双」
早紀の刀が円を描いた。一瞬の静寂の後、早紀が刀を鞘にカチッと納める。
ドサ、ドサ、ドサ… 男達が全員倒れる。
早紀が言った。
「大丈夫、峰打ちよ」

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逃げるドリー軍曹を三人の兵士が追う。物置の前で追い詰められ、三人のパンチが一度に当たり吹っ飛ぶドリー軍曹。
兵士の一人がからかうように言う。
「あれあれ、もう終わりかな?」
よろよろと起き上がりながらドリー軍曹がつぶやいた。
「慣れない物を着てると、調子が出ないな」
ドリー軍曹は軍服を脱ぎ捨て、浴衣姿になり両手を大きく広げ構えた。
「死ねー!」
二人の兵士のパンチが飛んで来る。ドリー軍曹は二人の拳に自分の両方の拳を合わせた。
「はいやああー!」
ゴギッ!
大きな音がして、二人の兵士が悲鳴を上げて地面にうずくまる。どうやら、拳の骨が砕けたようだ。残った兵士が恐怖に引き攣った表情でナイフを振り回す。ドリー軍曹は、一方の手で相手の手首を掴み、もう一方の手で相手の首を巻き込み叫んだ。
「韓信流痴漢撃退術風車!」
二人揃って地面に前頭部を強打する。ドリー軍曹はよろよろと立ち上がり、兵士を引き起こすと、肩を組むように平行に並んだ。自分の足を相手の足に掛けて、叫びながら二人揃って後方に派手に倒れ込む。
「韓信流痴漢撃退術風車2!」
これは風車ではない。相撲で言う所の河津掛けだ。でもそれでいい。これはドリー軍曹だけの風車だ。兵士は後頭部を強打し失神した。ドリー軍曹は後頭部を摩りながら満足そうに立ち上がった。

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建物と壁の間の狭い通路を韓信が逃げる。拳銃を持った八人の兵士が一列になり韓信を追い掛ける。通路を抜け、開けた場所に出る兵士達。横から急に韓信が姿を現す。
ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!ザシッ!
一度に七人の男が韓信に斬られ倒れる。残った一人が錯乱し拳銃を乱射する。韓信が再び物陰に隠れる。兵士が空になった拳銃を捨て軍刀を抜き、物陰に近づく。韓信が飛び出し兵士に斬りかかるが、兵士がよけたため、刀が背後の壁にのめり込み抜けなくなる。韓信は刀から手を離し、じりじりと後退した。今度は兵士が斬りかかった。韓信はそれをかわし兵士の背後に回り込むと、兵士の刀を持つ手を掴んだ。手首を返し刀を腹に向けさせる韓信。
兵士「やっ、やめろ!」
韓信「ここが地獄に一番近い場所」
グサッ!
兵士が倒れる。韓信は壁に刺さった刀を引き抜き、鞘に納めた。

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(遅い、奴らを追った兵士達が誰も戻って来ない)
一人残された隊長はサマンサに銃を突き付けながら、いらいらしていた。その時、背後の茂みからドリー軍曹が姿を現し隊長の背中に強烈な頭突きを食らわした。隊長が前のめりに転んだ隙にサマンサを抱えてドリー軍曹が図書館の中に逃げ込んだ。隊長が起き上がろうとする。
「ひゃっほーい!」
今度は韓信と早紀がはしゃぎ声を上げながら、隊長の背中を踏んで走り去る。
隊長は激怒した。
「畜生!もう我慢ならん。誰か、誰かいないのか?すぐに総攻撃の用意だ!」
図書館の中では、ドリー軍曹とサマンサが再会を祝っていた。
ドリー軍曹「やはりこの時代に来てたんだね」
サマンサ「ドリー軍曹、やっと会えましたね、韓信さんも…」
韓信「挨拶は後だ。敵の総攻撃が来るぞ。もはやここから脱出する方法は一つしかない。天空僧正に時空の穴を開けてもらい、そこから脱出するんだ」
天空「時空に穴を開けろと言われても…目標の時代を決めて…穴を開けるのには…精神集中が…」
韓信「時間がない、どこでもいいです!」
窓の外を見ていた早紀が叫ぶ。
「攻撃が来るわよ!」
ズガガガアアーン!!
建物全体が大きく揺れ、天井から破片がばらばら落ちて来る。
韓信「次が来るぞ、早く!」
天空「どこに開くか…わからんぞ…」
空間に紫色の穴が開く。
韓信が叫ぶ。
「みんな、穴に飛び込め!」
五人が穴に飛び込んだ。その瞬間、次の攻撃が来た。爆風が窓ガラスを割り、時空の穴に吹き込む。
ズシャシャシャー!
外で攻撃を見ていた隊長が狂喜して叫ぶ。
「きゃはははは…死ね死ねみんな死んでしまえー」

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古びた教会の中に、韓信、早紀、ドリー軍曹が気を失って倒れている。ステンドグラスを通して照らされるやさしい光を浴びて、韓信達三人が目を覚ます。
韓信が聞く。
「みんな、大丈夫か…」
早紀が答える。
「ええ…何とか。ここはどこかしら?」
ドリー軍曹が言う。
「あれっ?サマンサがいない、天空僧正もいない」
韓信が言う。
「さては爆風の影響で、他の時代に飛ばされたかな?まずいぞ…」
ドリー軍曹が叫ぶ。
「ここが現代でないとすると、大変ですよ。天空僧正がいなければ私達は現代に戻れません。ここはいつの時代なんだ?!」
その時、教会の扉が開き、ボブカットのかわいらしい少女がこちらにゆっくり歩いて来た。
少女が言う。
「ここはあなた達のいる時代ではないわ。ここはあなた達のいる時代の十年後の未来。三人組の皆さん、こんにちは」
韓信「君は誰だ?」
少女「わからないの?韓信おじちゃん」
韓信「おじ、おじちゃんー!」
少女がカバンからつぎはぎの古い熊のヌイグルミを取り出した。
「これならわかる?」
韓信達三人が驚きの声を上げた。
「もしかして、ミゾレちゃん?!」
少女が答える。
「そうよ、私はミゾレ」
ドリー軍曹が聞く。
「ミゾレちゃん、どうして私達がここに来る事がわかったの?」
ミゾレが答える。
「ドリーおじちゃんが書いた黙示録という本に、今日の日とこの場所が記されてあった。それを見て、私はここに来たの」
ドリー軍曹「その黙なんとかって、本当に私が書いたの?」
ミゾレ「そうよ」
早紀が聞く。
「ミゾレちゃん、お母さんは戻って来た?」
ミゾレが少し涙ぐみながら答えた。
「早紀ねーちゃん…お母さんは何年か前に戻って来たわ。でもこの熊ちゃんをばらばらにすると、またどこかに行っちゃった…」
早紀「そうなの…」
ドリー軍曹が聞く。
「天空僧正って名前、聞いた事ない?」
ミゾレ「知らないわ」
がっかりしている三人を見て、ミゾレが言った。
「みんな、元の時代に戻りたいのね…それなら私が戻してあげる」
韓信が驚いて聞く。
「出来るの?そんな事が!」
ミゾレが答える。
「私はずっと一人ぼっちだった…一人でいつも泣いていた…そしてある時、自分の不思議な力に気がついた。これは一人ぼっちのミゾレに、神様がくれた贈り物」
ミゾレが両膝を床に付け、祈りのポーズを取った。
リーン、リーン、リーン……
どこからか鈴の鳴るような音がして、空間に桃色の穴が開く。
「さあ、みんな、時空の穴が開いたわ」
ドリー軍曹が叫ぶ。
「これで現代に帰れるんですね!折角だから、戻る前に私の未来の事、聞いておきたいな。さっきの黙示録とか…」
韓信が遮るように言う。
「いいから早く戻りましょう!」
ドリー軍曹が名残惜しそうに、時空の穴をくぐる。
「さようなら!」
続いて早紀が時空の穴をくぐる。
「ミゾレちゃん、さようなら」
最後に韓信が時空の穴をくぐろうとする。
「じゃあね、ミゾレちゃん」
ミゾレが韓信を呼び止めた。
「待って韓信おじちゃん!」
韓信が立ち止まる。
ミゾレ「おじちゃんにも怖い物があるのね」
韓信「………」
ミゾレ「おじちゃんの怖い物、それは自分の未来」
韓信「ああそうだよ…」
ミゾレ「ちょっとだけ聞かせてあげる。みんなの未来。安心して。三人組は今も三人組よ。ドリーおじちゃんは、今もサイトの管理人。備忘録と黙示録という小説を書く人気作家。早紀ねーちゃんは今も人気女優。科捜研のような女が大人気。そして韓信おじちゃんは今も時代を飛び回ってる。相変わらず殺し屋」
韓信はちょっとほっとしたように言った。
「ありがとう、ミゾレちゃん。そろそろ行くよ」
ミゾレが韓信の後ろ姿に向かって叫ぶ。
「あっちのミゾレにまた本を読んであげてね!」
韓信が答える。
「ああ、約束する…」
韓信が時空の穴をくぐった。

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三人が教会に着いた。
(ここは本当に現代なのか?)
確かめるため、外に出る三人。見慣れた町並み。間違いない。ここは現代だ。向こうから、蝉丸がサマンサと天空僧正を連れて歩いて来る。蝉丸が叫ぶ。
「よう、みんな。無事だったか、サマンサの話を聞いて、心配でここに来たんだ!」
どうやらサマンサ達は、先に現代に飛ばされたらしい。皆が再会を 喜ぶ後ろにケイに手を引かれ立っているミゾレの姿を見つける韓信。
韓信がミゾレに言う。
「おじちゃんがまた本を読んであげよう」
「うん」
ミゾレは嬉しそうにうなずいた。

(終)