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奈緒のパンチを短時間に何十発も受け、悲鳴を上げた加藤の左腕。
耐え難い激痛が加藤の体を蝕む。
肘の靭帯が切れたのか、筋肉自体が押しつぶされたのか…とにかく体が言うことを聞かない。

(うああぁ、くそっ、動けっ!早く動け!)

とにかく相手に悟られてはいけない。
敵に弱みを見せることはリングという戦場の中での死を意味する。

「ふうっ」

必死で冷静な表情を取り繕いつつ、左腕を上げてガードの体勢をとる。

「クスッ、無理しちゃって…」

「なんのことだ?」

ステップを踏んだ振動でさえも加藤の腕を伝わり、痛みに変換される。
ちらりと時計を見ると残り58秒…
視線をはずしたほんの一瞬を奈緒は見逃さない。

「耐えられるとでも考えているのかしら」

ピシュッ

奈緒が軽いジャブを放つ。
わざと加藤の左肘の辺りを狙って。

「つっ…」

さすがに直撃は避ける加藤ではあったが、彼女のパンチが掠めただけで腕がしびれてしまった。

(たまらないよ…その表情だけでイっちゃいそう!)

奈緒は口にこそ出さなかったがエクスタシーを感じ始めていた。
履いているスパッツの下で秘所はすでに濡れまくっている。
自分よりも頑強なはずの男性をテクニックで翻弄して動けなくする。
奈緒が自らのうちに潜むサディスティックな感情に目覚めたのはボクシングを始めてすぐのことだった。
スパーリング相手として同じジムの男子練習生を滅多打ちにしたとき、KOには至らなかったものの心底悔しそうな男子の顔を見て体の芯が熱くなったのを鮮明に覚えている。
その後、背徳感を覚えつつも女子更衣室で何度も自分を慰めた。

試合を重ねるたび、強敵を倒すたびにスパーリングパートナーも変わる。
強い男を倒すたびに更なる快感が奈緒にプレゼントされた。
いつしか手段と目的が入れ替わり、奈緒は女子ボクシング界での功績よりもスパーリング相手の男性を征服することに注力するようになった。

(私ってヘンタイ・・・なのかなぁ・・・)

たまに自問自答するときもある。
しかし今の奈緒にとってはたいした問題ではなかった。
目の前にいる相手…加藤アキラは最高の獲物だ。
打たれ強い上に、今までで一番いきがいい。
ジムのスパーリングだと途中で相手があきらめてしまう様子にうんざりしたが彼は違う。
「最後まであきらめない」という意思がますます彼女の心を熱くさせていた。

(それにきっと…彼は)

直感的に奈緒は加藤アキラが童貞だと見破っていた。
これほどまでに自己を鍛えぬくには女のことなど気にしていられないはずだし、さっき自分がクリンチ状態になったときもパンチを出すのを無意識にためらっていたようだ。

試合の後、彼を犯す…童貞を奪って何もかも搾り取ってやる、とこのとき奈緒は決意していた。
自然にうれしさがこみ上げてくる。

「な、なにがおかしい!」

「フフッ、別に?」

彼の言葉で奈緒は現実に戻った。
目の前の苦しげな男をまずは完璧に動けなくしなくては、と。

ダンッ

奈緒の左足が力強い踏み込みを見せた。
強打がくる―――

直感的に加藤はガードを固めた。
両腕を顔の前でぴったりとくっつける。
もっとも堅牢な構えのひとつピーカブーブロックだ。

(さあ、こい!)

奈緒の一撃…おそらく左のストレートだろうが、それをガードしてからカウンター気味の右を放つことを考えていた。
だが、奈緒のパンチはアッパーだった!

ばちんっ

「あっ!」

ぴったり合わさった両腕の間を、まるでペーパーナイフで封筒を開封するような鮮やかなガード崩し。
奈緒がニヤリと笑ったのを見た加藤はがら空きの顔面への打撃を覚悟した。

(歯を食いしばって耐える!この一発はくれてやる!!)

ギリギリと顔に力が入る。
しかし…

ズッ

「ぐぶうぅっ!!!」

「ざーんねんでしたー♪」

奈緒の高速右ストレートが加藤のみぞおちを捕らえた!
打ち込んだその右に体を寄せるようにして奈緒は間合いを詰める。
あっという間にクロスレンジ(近距離戦)だ。

「もっと腹筋を鍛えないとダメよ?」

ドムッ、バスッ、ドゥッ

さらに密着した状態でのボディの2連打と左腕へのショートフック。

「がああぁぁ!!!」

獣のような咆哮を上げる加藤。

「おっとぉ!」

ピシィッ!

たまらず奈緒にクリンチしようとするも左のショートアッパーで突き放された。
さらに離れ際に加藤の左肘に向かって右フックを置き土産していく。

「ぎいぁっ!」

(やだ…そんな声上げないでよ)

激痛にもだえる加藤を見て奈緒の背筋がゾクゾクと震えた。
そして今度は明らかに左腕だけを狙ってジャブとワンツーを浴びせる。

「うああああぁぁっ!!」

加藤の左腕が力なく垂れ下がると同時に3ラウンド終了のゴングがなった。

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