「こんなにうまくいくわけないだろう? 常考」
「それがいくんだよ!」
俺の反応を見て、待ってましたとばかりに反論する柚子。
「あたしの調べによると、夏蜜さんは彼氏がいません」
「それで?」
「ということは、恋愛に奥手です!」
夏蜜さんの求める男性のスペックがハードル高すぎて、付き合える男がいなかったとか、
そういう発想はこいつの頭の中には浮かばないらしい。
「それがどーした」
「まだわかんないの? ベタな手が一番効くってことよ!!」
そういうものなのか!?
いや、実際にそうだとしても柚子の口から出た言葉という時点で信じがたい!!
「兄貴が今まで積極的にアプローチできなかった理由として『こんないい女に俺は似合わない』ってのがあったんじゃないの?」
なかなか鋭いな、こいつ。
俺は黙って先を聞くことにした。
妹の仮説…「夏蜜さんが恋愛奥手説」が当たっていたとしても、俺自身の心持ちが変わっていなければ彼女の心をつかめない。
逆に言えば、俺次第で恋の成功率も変わってくるということか。
「それで具体的にどうすればいいんだ?」
「兄貴の夏蜜さんへの憧れ。まずはそれをブッ壊しましょー!」
いや、それは壊さないでくれ!
おそらくこいつがいいたいのは、きっと俺が持っている「いい女への苦手意識」を克服しようということだろう。
うん、きっとそうだ。そう解釈する。
「簡単に言ってくれるけど、どうやってやるんすか? ゆずセンセイ」
「そんなの兄貴が自信をつけるしかないじゃん」
「……」
まったくもって身もフタもない。
呆れ顔の俺に向かって、柚子がズイッと顔を寄せてきた。
「身内の贔屓目無しにしても悪くないとおもうんだよね、兄貴のカオ」
そりゃどうも…
「でも全体的に見ると地味っていうか、華がないというか、ヲタっぽい……」
ガンッ
「いったぁーい!!」
俺は反射的にグーパンチを柚子の頭上に振り下ろした。
ひと言多いのは一生直らないな、コイツ。
生まれたばかりのタンコブをさすりながら、柚子が尋ねてきた。
「ねえ、ストレートに聞くけど」
「あん?」
「兄貴、今までに女の子とキスしたことあるの?」
「あるに決まってるだろ!」
「何回くらい?」
「そんなの数えてねえよ!」
「数え切れないほどってコト?」
「それは少し違う」
実際のところは…したことない。
最高に素敵な人のために俺のファーストキスはとってあるのだ。
…笑いたければ笑え。
「あのね、あたし考えたんだ」
「ん?」
「兄貴に自信をつけさせるためにどうすればいいか…」
柚子は俺の手元にあった雑誌を奪い取ると、あらかじめ自分で折り目をつけておいたページを探し出した。
そして俺に見せつけた。…な、ななな、キ、キス特集ですかっ!?
「ラブテクニックは、キスにはじまりキスに終わる!」
こいつ…偉そうに!
「兄貴には女の子を常にリードできるテクニックを身につけてもらいますっ」
「どどどど、どーやって…!?」
「練習するしかないでしょ!」
「まてっ、ゆず! いくら身近な存在だといっても、兄と妹でそういうことは良くないと思うぞ」
「何勘違いしてんの? これ見てよ」
カサカサカサ…
「じゃーん☆」
「なんですかそれは…」
「柚子ちゃん特製・特訓しまくりキス人形! だよ」
さきほど雑誌を取り出したのと同じ紙袋から出てきたのは…ハリボテ?
萌え系美少女マスクに黒髪のウィッグを取り付けたような代物だ。
「人形ってか、これはお面だろ?」
「細かいことは気にしないで」
柚子はそのお面をスポッとかぶってしまった。
そして長い髪を整えるような仕草をしてからこちらを向いた。
パッと見はたいしたことないと馬鹿にしていたんだが、よく見るとこれは…!
「むう…」
「似てるでしょ? な・つ・み・さ・ん・に♪」
マスクは笑ったままだが、きっと柚子自身もニヤリとしているのだろう。
「ああ、たしかに……しかしよく見つけてきたなぁ」
「ドンキのパーティーグッズ売り場にあったんだよ! ほら、この上からキスしてみて」
「なっ!!」
「お面越しなら平気でしょ? 法的にも問題ないハズヨ」
「でもなぁ…」
「ほらそこっ! 照れないでやってみる!!」
柚子はそういいながら俺の両肩に手を置いた。
真正面から妹と向き合うなんてすごく久しぶりだ…
なんだかドキドキしてきた。
「あたしのこと、ホンモノの夏蜜さんだとおもってネ」
「じゃ、じゃあ…」
ドキドキドキドキ
ちゅっ♪
本当に軽く、いわゆるバードキスとでもいうのだろうか。
いくら相手が妹とはいえ、突然のシチュエーションなので頭がついてこない。
照れくさくてこの程度しか出来ない。
「ん…? もう一回してみて」
「もう一度かよっ!?」
「はやくぅ…」
ねだるような声を出す柚子。
だが俺の頭は意外と冷静だった。
唇が触れた瞬間、ほんのりと暖かみはあった。
しかし、マスク越しのせいかそれほど恥ずかしさを感じない。
なるほど、お面をつけたのはこのためか。
「んじゃ…もう一回な」
チュウッ♪
よ、よし! さっきよりもいい感じだと思うぞっ。
キスの練習なんてなかなかできないからこの際いっぱい練習しておくか
…と思った瞬間、稲妻のように厳しい評価が妹から下された。
「兄貴のキス、ぜんぜんだめ!! 優しすぎ」
「な、なんだってー!!」
優しいとダメなのか?
夏蜜さんマスクは笑ったままだが、中の人はプンスカ怒っているようだ。
「女の子はね、もっと激しく奪われたいのっ」
「激しく!?」
「キスはとっても大事なんだよ? 今のじゃキスされたのかどうかもわからないよ…」
「へー…」
「なによっ」
「兄ちゃん嬉しいよ。 胸ぺったんのお前がそんなことを言うなん…」
ドバキィッ
「いでええええぇっ!」
妹の右ストレートが俺の顔面に炸裂。
速すぎて回避できなかった…と言うより、お面をつけたままだから動作が読めなかった。
「これはさっきのお返し。 あたしは大真面目よ!」
「いいパンチ持ってるじゃねえか、ゆず…」
「でも今の一言…『お前みたいな不細工で色気のない妹』発言にはムカッときたわ」
「そんなこと言ってねえええ!!」
ばっ!
かぶっていた夏蜜さんマスクを脱ぎ去る柚子。
「覚悟してよね、兄貴。 ここからは特訓人形無しでやってあげる」
「え…」
「柚子ちゃんのキス特訓・その2 兄貴の唇の1ミリ手前の寸止めキスしてあげる」
「えっ…?」
「ほら、目を閉じて」
言われるがままに目を瞑ると、柚子の顔が近づいてきた!
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