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いつもの時間に家を出る。
今日も適度に曇っていて良い天気だ。

念のため言っておくが、別に寝坊しているわけじゃないんだよ。
今日もバッチリ…このタイミングなら夏蜜(なつみ)さんに会える!

夏蜜さんというのは我が校の誇る美少女のひとりで、俺が密かに思いを寄せてる女性だ。
うちの学校の男子にも色々好みはあると思うが、彼女は誰が見ても納得の美しさを持ってる。

顔立ちだけでなくスタイルも抜群で、体育の時間など前かがみになる男子が異常に多い(と思う)。
あれほど黒髪が似合う女子はなかなかいないだろう。

見た目が美しいのはもちろん、性格もなかなか男前で女子からも人気がある。
学校の中に不審者が入ったとき、警察が来るまでの間に撃退してしまったこともある。

ソフトボール部で活躍していた頃は必ずいつもカメラ小僧が遠くから撮影していた。
俺としては彼女の画像がネットに流出していないか心配ではある。

いわゆる皆のアイドルのような存在だったから、俺が声をかけることなど出来るはずもなかった。
だがあるとき家庭科の調理実習で一緒になって意外な一面を発見してしまった。

彼女は料理が苦手だ。

夏蜜さんは調理実習で卵焼きを作るとき、見事に卵を1パックダメにした。
殻もうまく割れないし、焼けば真っ黒にしてしまう。
どこから見てもどうしようもなくダメ。

ちなみに俺は小さい頃から家でフライパンを握っていたから、料理は得意。
あの口うるさい妹も俺の焼いたオムレツだけは文句を言わない。

結局、調理実習は俺が彼女をフォローしたおかげで無事に終わった。
それをきっかけに俺は彼女と話をするようになった。

「こんなに上手に卵を焼けるなんてすごいわ!!」

あのときの彼女の笑顔が忘れられない。

勉強もスポーツも完璧に見える彼女にも不得意なものはある。
そうわかったとき急に彼女の存在が近くなった。

しばらく道を歩いていたら目標発見。
あのツヤツヤの髪は間違いなく彼女だ。
きょうも夏蜜さんにあいさつを…という時に事件は起こった。



「おおっと! 落とし物ですよぉっ」

「キャッ」

突然、ポストの陰から現れた妹が夏蜜さんに体当たりした!

ばばばば、バカ野郎、なにやってんだー!

柚子がわざと落としたのは熊の絵のミニタオル。
いかにもあいつが持ってるような少女趣味のものだ。

妹はそのミニタオルを夏蜜さんの胸元に突きつけた。


「あら? これ、私のじゃないわ」

「はい、知ってます」

「えっ?」

そりゃ驚くだろうな。
いきなり体当たりされて見覚えないものを無理やり握らされているんだから。
だが柚子の次の一言は、俺の心臓を一瞬で握り潰し、そのままフリーズさせた。


「うちの兄貴、どうですかっ」

「?」

なななななー!
こらお前、何言ってんだああああああああああ!


「兄貴、いつもあなたの話ばかりするんですっ」

俺はそんな話したことねえっ!

誰かこいつを止めてくれ!!

もしくは俺を気絶させてくれ…

だが夏蜜さんは穏やかな表情で暴走中の妹を見つめている。


「そっか。 あなたが大島くんの妹さん…ゆずさんね?」

「ゆうこですっ! ゆずって読めるケド、ゆうこです!!」

「ごめんなさい。 柚子さん、それでお兄さんがどうしたの?」


クスクス笑いながら夏蜜さんは妹を見つめている。
俺の背中には冷たい汗がドバドバ流れて止まらない。
足元はきっと水たまりが出来てるはずだ。
柚子のやつ…あとでどうしてくれようか。

とにかくもう何もしゃべるな、早くそこから立ち去れ……いや、立ち去ってください!
だが俺の願いもむなしく、さらに追い討ちをかける柚子。

「ただ勇気がなくて踏み出せないだけで、あなたが好きなのは間違いないんです」

「そう…」

興奮気味の子犬みたいな妹をなだめるように夏蜜さんは優しく微笑んだ。


「ごめんなさい。私、どんなに素敵な人でも学校の人には興味ないの」

「ええぇっ!」

柚子だけでなく俺もショックを受けていた。
それじゃ最初から何をしたってダメってことじゃないか…
ムンクの叫びみたいなポーズを取りたい心境だ。


「ましてや、勇気がなくて妹さんに告白させるような人は……」

いや、ちょ……、俺が頼んだ訳じゃないんですよ夏蜜さん!

ほほほ、ほら、柚子…ちゃんと言い訳しろ!!
さっきみたいに一杯しゃべりまくれ…なんで黙って突っ立ってるんだ!?

「……」

ほんの数十秒程度の出来事だったが、ひどく長く感じた。
妹は何も言わずに夏蜜さんを見つめていた。
自分でもしくじったと今更ながらに気づいたのだろうか。


「じゃあね、お兄さん思いの妹さん」

「あっ…」

何も言い返せない柚子に軽く手を降り、夏蜜さんはその場を去った。




「ゆ〜〜〜ず〜〜〜〜〜〜!!!」

「えっ、兄貴いたの?」

怨念のこもった声で呼びかける俺。その声に振り向いた柚子と目が合った。
しおらしく俺に対してごめんなさいと言うと思っていたが、そうではなかった。

「ねえ、あんな風に言われて悔しくないの?」

「は?」

おい、まて。話の順番が違うだろ。
おまえはまず先に俺に謝れ。
俺のピュアな想いを返しやがれ!


「あたしなら平手打ちよ」

わかった。歯を食いしばれ。
俺がおまえを平手打ちしてやる。

「兄貴の気持ちに気付かないなんて天然にも程があるわ」

あのな…あんな突然のアプローチじゃ、驚くばかりで誰でも気付かないわっ

夏蜜さんをじわじわとこちらを振り向かせようと言う
俺の壮大な恋愛計画を台無しにした謝罪と賠償をお前は考えねばならない。


「それでもあの人が好きなの?」

…俺の怒りは無視ですか。
じっとこちらを見つめてくる我が妹。

そんなこといきなり聞かれても…はい、好きです。


「少し見直したわ兄貴」

腕を組んで俺を見上げて鼻息を荒くする妹。
お前に見直されてもあんまりうれしくねーな。

「プラス10てん」

はあ?
おまえが採点すんな!


「よし、じゃああたしも本気出す」

そしてクルリと背を向ける柚子。
見据える先は夏蜜さんが立ち去った曲がり角の先だ。

「あの人のこと、間近で見るのはじめてだったの。 すっごくキレイで緊張した」

「な、なんだと!?」

「確かに相手に不足はないわ。 例えるなら彼女はポルシェみたいなスーパーカー……こっちは軽トラックみたいなもんだけど」

チラリと俺のほうを振り返る妹。

おい、テメー!
ものすごく失礼なことをサラリと言わなかったか?


「それでも兄貴の恋愛日記に失恋の二文字はいらない」

そしてまた乙女モード。
こういうときのこいつはロクなこと考えてねーんだよな…

柚子は目をキラキラさせながら俺の手をとった。
お前のその笑顔…・・・お兄ちゃん、ものすごく不安だよ。

「任せといて! あたしが応援してあげるッ!!」

親指をグッと立てて気合を入れる妹とは対照的に、
その言葉にガックリと肩を落としてうなだれてる俺。

妹の暴走によって(とりあえず)全てを失った恋のゆくえは?




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