魔物語 ―― 作・代理 ――
朝。
八時を過ぎているが、
そんなことはどうでもいい。
僕はまたベッドの中で目を閉じた。
……
また目が覚めた。
もう拾壱時……
起きるか。
僕は肌寒い中ベッドから出て、
冷蔵庫のあるキッチンへ向かう。
そもそも此の家は無駄に大きい。
少なくとも、一人暮らしには。
部屋を出てキッチンへ行くのに
三階から階段を降りて二階、
二階から一階に降り、
さらに五十メートルはある廊下をわたらなければいけない。
毎日のことなのでもう慣れたが。
キッチンに着いた僕は真ん中の冷蔵庫を開け、
(この冷蔵庫も大きく、しかも三つ横に並んでいる。)
牛乳とコーンフレークを出す。
キッチンで牛乳を器に注ぎ……
またやってしまった。
まず先にコーンフレークを入れないと量の調整が難しいのに、
僕はつい牛乳を注いでしまう。
僕はそのままコーンフレークを入れ、牛乳とコーンフレークを冷蔵庫に戻し、
キッチンからスプーンを持ってきて、器にスプーンを乗せて、
(柄は縁にかける。)
キッチンの隣のダイニングに向かう。
隣なのでそう距離は無い。
テーブルに器を置き、「いただきます」を言ってからコーンフレークを食べ始める。
僕はこの街―――旧第三都で、
平穏とまではいかないが、
まぁそれなりの暮らしをしていた。
最近は自由剣技大会
(剣さえ使えばなんでもOKの武術大会だ)
というものが普及して、皆護身用に、一部は練習用も兼ねて、模造刀やナイフを持っている。
勿論、僕も例外じゃない。
僕が持っているのは刀、
でも模造刀じゃなくて由緒あるものらしい。
今は亡き父からの、最後から二番目の贈り物だ。
刀の名前は彫られてもいないし、刀の柄を外しても見つからなかったので、実質上は「由緒ある無銘刀」なのだ。
無銘なのに何故由緒あるものと分かったかと言うと、刀の名前の載っていない、でも刀に関係のある書物があったらしい。
僕は見たことがないが。
さて剣技大会だが、僕は出たことがない。
刀は持っているが、出る気になれない。
なにせ文字通りの真剣勝負なのだ。
死なないようにするルールは只一つ、「殺したら死刑」だけだ。
トーナメント制なのでもし誰かが誰かを殺したら、その次で誰かは不戦勝になるだろう。
ということで僕は出たくない。
死なない、といっても確実じゃないし、負ければ大怪我は当たり前だから。
(勝っても怪我はする。)
……
食べ終わった。
テレビをつけてみる。
ニュースでは、
相変わらず魔物(モンスター)の被害のこと、各地の剣技大会のことばかりが流される。
屍犬(ゾンビドッグ)に何人喰い殺されただとか、
どこかの家の前で死伝霊(バンシー)が泣いてたとか、
(バンシーは家の前で泣いて、もうすぐそこの誰かが死ぬことを伝える。)
どこそこの剣技大会で誰かが三冠達成とか、
いつもと変わらない―――!?
そこで流れたニュースに目を見張った。
旧第三都の、しかもこの家の近所で連続殺人……
被害の見取り図をみると現場を表す点が一直線に並び――日付も一方行だ、
その先、点一個分の位置は……
ここだ!
僕は走って部屋に戻る。
数分で辿り着き、錆びたダイアルロックのかかっている大きな木の箱
(木だがとても丈夫な上に、重くてさらに燃えにくい。)の錠前を開ける。
酸化鉄が邪魔をするがなんとか開き、僕は中にある細長い黒い物体に手を伸ばす……
そう、刀だ。
柄から鍔から鞘まで黒い刀。
(刃は銀色だ。)
僕はかつて、この刀にふざけて【竹光】という名前をつけた。
理由は簡単。
本物の竹光のように「斬れない」のではないが、「斬らなかった」からだ。
だがもうこの刀も竹光の名を卒業し、同時に現役の刀になるだろう―――
ガシャン。
下から物音がした。
僕は刀を鞘から抜き、ドアを閉めた。
そして、【叫んだ】。
「うおおおぉ!」
ガタガタと何かにぶつかる音、ダンダンと階段を駆け上がり、走ってくる音。
そして、扉は開いた――――
僕はこっちに来る【それ】を見ることもなく、刀を横に振り抜いた。
だが【それ】は後ろに跳んでかわし、なんと言葉を発した。
(話せる魔物はそこまで多くないのだ。)
「お前は、【エイク】か?」
僕の名前。
でも、僕は何も言わない。
「お前は、【エイク】か?」
此の様子からすると、今までの被害者にも同じ質問をしたのだろう。
そして、知らない、分からないと泣き叫ぶ人間を殺したのだろう。
「お前は、【エイク】か?」
改めて見ると姿は人間に酷似している。
青……いやシアンのセミロング、淡い水色の瞳、着ている和服も紺の帯を除き全て水色で揃えている。
体型はやや背が低い壱拾八才、といったところか。
さらに肌まで病んでいるかのように……否、真っ白な雪のように青白い。
そして右腕をこちらに向けている。
(今向けたのであろう。)
右手に握られているのは脇差……今まで使ったであろう凶器だ。
しかし困った。
魔物の知識はあるが、名前どころか種族すら分からない。
雪女は決して刃物を使わない筈だし、
霊の類なら全身が透けている筈だし、
(個体差はあるが)
かといって人間には見えない。
でも僕には魔物に勝つだけの実力は無い。
先刻の奇襲が恐らくラストチャンスだ。
とりあえず時間を稼ごう。
ガラスの割れる音、僕の叫び声で察してくれた人がいる筈だ。
通報されてから管理局兵士(ローナイツ)が来るまで、だ。
僕はやれるだけの事を考え、まず此の場を凌ごうと考えた。
「僕の質問に答えろ」
危険……しかし成功率の高い賭けだ。
「……いいだろう」
腕を下げ、話を聞く姿勢に入った。
「……お前は、【誰】だ?」
時間稼ぎと能力捕捉……さて、どう出る?
「言えない」
あっさりと言われた。
何も分からないままだ。
「お前は、【エイク】か?」
また同じ質問をされる。
子供じみた考えは捨てよう。
「もし僕が【エイク】だったら?」
「お前は、【エイク】か?」
キリが無いな……ん。
サイレンが聞こえる。
よし……
僕は刀を強く握り、一歩前に出た。
「そうだ、僕がエイクだ!」
刹那【それ】は切りかかってくる。
脇差は小さすぎて防げない上に速い。
多少の傷は覚悟で逃げ回るしか無い。
僕は怪我覚悟で突っ込み、うまく切り抜けた。
能力かなにかが来るならその前に、と
廊下から逃げ出す。
鬼ごっこが始まった。
まず僕は……右に曲がった。
元は母親の部屋だったそこの扉を開き、中には入らずまた走り出す。
後方を確認する。
……?
何故か【それ】は走ってこず、歩いてこっちに向かってくる。
よし……だったら……
階段を駆け下り、正面へ。
【201】の部屋の扉を開け、
中の窓を開け、部屋から出る。
扉は開けたままだ。
そして【202】の部屋に入る。
扉を閉め、一息つく。
「ふぅ……」
まだ心臓がバクバク言っている。
無理も無い。
全力でこれだけ走った上、相手は刃物持ちなのだから。
……足音が聞こえてきた。
息を殺す。
隣の201号室に入ったようだが……
引っかかったか……?
否、駄目だ。
窓から飛び降りたのではないとわかった【それ】は、
また廊下を歩き……
扉がノックされた。
僕はさっきと同じ、扉から正面に五、六歩の位置で刀を構えた。
さっきは「もうチャンスは無くなった」、と思っていたが、まだやれる……
扉が開かれた――――その一瞬。
僕は右足を出して斬りかかる。
また【それ】は後ろに飛び退く――甘い!
ここは客室、勿論廊下はそこまで広くない。
僕はそのまま左、右と足を前に出し、突きを放った。
刃が【それ】の帯を、浴衣(と思しき和服)を、
そして腹を破り、そのまた奥の、
浴衣と帯を通り、外に出る。
その際【それ】が壁に押し付けられる形になり、
刃は壁で止まったが。
【それ】は声も上げず、抵抗もせず、直ぐに首をもたげた。
目は開いていない。
刀を抜く。
【それ】はそのまま床にへたり込む。
僕は、勝利を確信した。
霊ではない。
手応えがあったのだ。
万が一突きを避けられても、相手が動いたのと逆の方向に走れば逃げられた。
当たれば……このとおり。
そんなことを考えていると、
間違い無く刀で突き刺した筈の【それ】がゆらりと立ち上がり、
脇差しを拾い、僕に視線を向ける。
変わらず無表情。
そして【それ】の服は突き破られていた。
そう、僕の刀に。
しかしその奥にあるはずの【傷】が無い。
突如僕の右手に痛みが走り、刀【だけ】が後方へ吹っ飛んだ。
ぎん、と軽い金属が強くぶつかる音がし、
かたん、からん、と音を立てて刀が転がる。
前を見ると【それ】は脇差しを持ち替え、
峰を外向きにしている。
……信じられないが、【理解した】。
【それ】は僕の刀を【音よりも速く】吹っ飛ばしたのだ。
そして【それ】は僕に向かって首を横に振った。
そして僕の横を通り、202号室の窓から飛び降りた。
……廊下を見回し、刀を遠目に見て、気付き、無意識に僕は呟いた。
「血は……無いのか?」
【それ】……いや、【彼女】からは血が出なかった。
傷も無い。
刀は未だ新品同様、
思えば刃が骨を避けて通る確率は低い……
……どうやら、僕は強くならなければならないらしい。
僕は軽く、しかし堅固に決意した。
序章 「遭遇」 了。
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