(本当に困ったものだ・・・)
男子部の副部長・桂木は目の前の後輩・楠梨奈を見つめながら心の中でつぶやいた。
その思いは梨奈に対してではない。
ましてや梨奈にやられた男子に対してでもない。
今回のいざこざ全般に対してだった。
もうすぐ夏の大会が始まる。
男子も女子もこんなことで争っている場合ではないのだ。
早々にこの騒ぎを収拾して自分たちの課題に取り組まなくてはならない。
日数は少なく、やるべきことはたくさんあるのだ。
普段はトレーニング以外ではあまり表に立たない彼が前に出てきたのもそのためだった。
ちょっと可愛そうだが目の前の一年生をねじ伏せて、男女共に痛み分けという形で終わらせたい。
試合が始まる前に彼は女子部の部長に断りを入れていた。
「八絵垣部長、本当にいいんですか?」
「あら、どういう意味かしら?」
「俺はレスリングに手加減はできませんよ」
「梨奈にそんな気遣いは無用ですわよ、桂木クン」
フフン、と鼻を鳴らさんばかりに静香は彼に言った。
新人いじめのために楠梨奈を男子にぶつけたわけではない―――と。
静香の話によれば、梨奈自身が男子と力比べをしたいと言い出したらしい。
「彼女、きっとレスリング界の星になれる器ですわ。あなたも気をつけることね?桂木クン」
静香が真顔でそう言うならあながち嘘ではないのかもしれない。
実際に桂木の前に梨奈と対戦した先輩男子部員は鮮やかにノックアウトされてしまった。
事前に静香の話を聞いてなければにわかには信じられない光景。
(まあいい・・・こうなったら全力でやるだけだ)
パンパンと両手で顔を叩いて気合を入れる。
彼なりの試合前の儀式だ。
「副部長が本気だ!」
その様子を見た周囲の男子部員たちがざわめいた。
そしてついに・・・試合開始の笛が鳴り響いた!
「なるほど・・・」
こいつはバケモノだ、と桂木は感じていた。
インターハイ出場経験すらある桂木である。
少なく見積もっても相手の実力は自分と同じかそれ以上 ――
実際にパッと見ただけではただの可愛い女子高生の梨奈だが、その身体は徹底的に鍛えこまれていた。
だからといってボディビルダーのようなごつい身体つきではない。
瞬発力、スピード重視の理想的な体型だ。
目の前のほっそりした体つきの梨奈からすさまじいオーラが漂ってくる!
(先輩は決して手を抜いてなかったんだ・・・すみませんでした、先輩)
さっきの試合を見ていて、第1ピリオドも終わらぬうちに完敗した3年生男子を心のどこかであざ笑っていた。
だがそれは自分の間違いだったと反省すると共に、倒された先輩に対して心の中で詫びた。
お互いにリズムを刻みながらも見えない手の出し合いをする。
梨奈の大きな瞳がこちらをじっと見据えている。
桂木は決して目をそらさず、さらに彼女の筋肉の動きにも着目していた。
視線移動ですら立派なフェイントだ。
梨奈の目がふっと笑った
「桂木先輩とやる機会ができて光栄です」
「・・・・・・」
「あなたみたいな強い人を倒せる日が来るなんてっ!」
桂木の視界から梨奈の姿がフッと消えた。
彼女は一瞬でしゃがみこむ寸前まで身体を縮め、その全身の筋力を使って桂木にタックルをかました!
その鋭い動きは先ほどの先輩部員を倒したときとは比較にならないほど速かった。
(・・・取った!!)
目指すは桂木の左足・・・一瞬で梨奈は間合いをつめた。
そしてテークダウンを奪い背後を取って1ポイント・・・のつもりだった。
「お前の力はこんなものか・・・?」
だが相手を倒すどころか動かない!・・・そして、頭上から降ってきた声に梨奈はハッとした。
まるで太さ数メートルはあろうかという大木に正面からぶつかったような感覚!
桂木はびくともしなかった。
(な、なんなの!?このタイミングで足を刈られて今まで倒れなかった人なんていないのに)
さすがの彼女も驚きを隠せない様子だ。
梨奈がタックルに移った瞬間、本能的に桂木は右足を後ろに引いた。
さらに軸足と上半身の重心をたくみにずらした。
梨奈が突進してくる方向に対して最大の負荷がかかるようにしていたのだ。
「はっ!?」
上半身と腰周りが抱え込まれた感覚で、梨奈は混乱から我に返った。
タックルをがっちり受け止めた桂木が自分を押しつぶそうとしている!!
(まずいわ・・・この体勢だとスピードは関係ない)
がぶった状態から背後を取られれば自分の思惑とは逆の展開になってしまう。
だがピンチの状態でも梨奈の体は勝利に向かって次の技を繰り出していた。
「むっ!」
桂木が押しつぶそうとした梨奈がさらに身を縮めた。
それに加えて左回りに移動して揺さぶりをかけてくる。
「させるかっ!!」
がぶった相手が背筋力で自分を跳ね飛ばそうとするのを桂木は何度も経験している。
この「がぶり返し」がもしも決まれば梨奈に5ポイント入ってしまう。
だがそれは不可能に近い。
桂木はこの体勢になって負けたことは無い。
彼の腕の力と重心移動で相手の技をことごとくつぶしてしまうからだ。
(しかし・・・)
それ以前に果たしてこの相手にそれほどの背筋力があるのか?
桂木のちょっとした油断が梨奈を捕らえる力を弱めた。
「はぁっ!!」
くんっ!
梨奈は一瞬だけ彼の正面にもぐりこむことができた。
そして左股に絡めた腕の力と背筋力で桂木を跳ね上げた!
「うおおおおおおっ!!」
大技「がぶり返し」が決まる。
このまま背中から桂木をマットに落とせば梨奈の勝ちだ。
だが彼は上体が浮き上がる直前、右足でマットを強く蹴っていた。
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